ベルクソンと現代時間哲学(CdF講義『時間観念の歴史』合評会)

さる11月21日(土)、PBJ主催にて、ベルクソンのコレージュ・ド・フランス講義1902−1903年度『時間観念の歴史』日本語版の合評会イベントがオンライン上で開催されました。

https://matterandmemory.jimdofree.com/

コメンテーターとして現代分析哲学および科学哲学における時間の哲学研究の代表的な研究者である青山拓央・森田邦久両氏を登壇者に迎え、旧来のフランス系・分析系といった垣根を超えた哲学討議を行いました。

100名以上の参加者(!)にお集まりいただき、質疑も予定の時間(16:50)を大幅に延長して18時までひっきりなしに続き、たいへんな熱気に満ちたイベントとなりました。

まずは冒頭、司会の藤田尚志さん(九州産業大学)から、主催であるPBJの紹介と、今回の講義と翻訳の特徴をお話いただきました。今回のコレージュ・ド・フランス講義は、先行する講義と異なり速記録に基づくいわば「ライブ盤」で、円熟期の彼ならでは独自の哲学史解釈が前面に押し出されたもの。それを訳出するに際して、日本語版では、翻訳リーダーの藤田さんの采配のもと、フランス語原書にはない独自の工夫を数多く盛り込んでいます。詳細な見出し、図版および注の追加、ギリシア語の校正やプロティノスの翻訳の扱いなど、このコレージュ・ド・フランス講義については、間違いなく日本語読者の皆さんが世界で一番リッチな環境にある点を強調しておきたいと思います。

続いて、青山拓央さん(京都大学)からのコメントに移りました。講義全体の流れを内在的にたどりつつ、とくにプロティノスを大きく扱っている点に注目して、永遠と時間、系列性、内在的読解と外在的批判などを巡って次々と鮮烈な疑問点が投げかけられました。

これらの問いかけに対して、岡嶋隆佑さん(日本学術振興会)平井靖史(福岡大学)は、それぞれベルクソンにとって過去の哲学者を読解することはどういう営みであったのかという観点から応答しました。岡嶋さんは、哲学的問題の歴史的起源を見定め、問題をその根源から断つという側面を強調し、平井は、個別哲学者の可能性の中心を引き出しつつ、そこから「発想のモデル」を引き出す(例えば「中和からの減算によって意識を出す」という着想)側面を示しました。

次に、森田邦久さん(大阪大学)からは、「運動の不可分性」というベルクソンの主張を中心に、時間の空間化、時間の動性、今の絶対性といった理論的内実をめぐって、数多くの重要な問題提起をいただきました。

岡嶋さんは持続の質的多様性のあり方、本講義で導入される「運動の内部」というアイデアを用いて応答されました。平井はマルチスケール時間論に立脚して、リアルタイムの構成と事後的分析では「部分」のあり方が異なるという応答しました。

その後、全体討議に移り、登壇者同士でのやりとりを行なった後、会場からの質疑応答に入りました。塩谷賢さんからはマクタガートのC系列や自律的な機械、スケールの認識と存在などについて多くのご指摘をいただきました。絶対的現在の扱いは、再び青山さん、吉野斉志さんを交えて論じ直されました。入不二基義さんからは、マルチスケール時間論の土台に「一なる」スケールフリーの時間が要請されており、それがプロティノスとの接点になるのではないかという問題提起をいただきました。そのほか、紹介しきれないほどの論点が議論され、17:30に一旦中締めはしたものの、ほとんどの聴講者が残られたまま、18時の強制終了まで続けられました。ご参加いただいた皆様ありがとうございました。

その後も多くの問い合わせをいただき、なんらかの媒体に記録を残す方向で検討しております。

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