平井(2017)「時間の何が物語りえないのか」

時間学研究所の論集『物語と時間』所収の下記拙論を公開。

平井靖史(2017)「時間の何が物語りえないのか——ベルクソン哲学から展望する幸福と時間」(pp. 37-58) PDFファイル

時間が計測不可能であるとはどういうことか、速さ逆転問題など、できるだけ身近な事象を例に、ベルクソンの持続論からどのように論じられるか。時間意識や経験と幸福や美学の関係に関心のある方々にも読んでいただければ嬉しいです。

(「心と記憶力——知的創造のベルクソンモデル——」(『人工知能 特集 意識とメタ過程』33巻4号、2018年7月、508-514. 本文PDF)は科学・工学向けの論述)

同書は、「時間学の構築」シリーズの第二弾で、このほかに哲学からは山口尚さんの「物語・行為・出来事 野家と井頭の物語論的自由論を媒介にして」をはじめとして、文学研究、社会学、美術史などの観点から、物語と時間を掘り下げる魅力的な論考が詰まっています。序文は青山拓央さん。未見の方は、是非手に取られてみて下さい。 amazonリンク

公開に際して、寛大な許可をいただきました時間学研究所、および版元である恒星社厚生閣に感謝いたします。

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  • コメント (1)
    • 橋口 澄恵
    • 2019年 1月 29日

    ご刊行おめでとうございます。
    時間の何が物語りえないのか?
    この方向の興味を福岡大学時代に考えていると、
    文化人類学・浜本満福岡大学助教授(当時、現在九州大学教授)の、
    <異文化における他者理解/自分の物語も他者にとっては物語>という新聞投稿がヒントとして飛び込んできました。
    以後、.うごめく情報化社会、メディア産業に就職したのですが、

    Amazon本「情報物理学」で入力検索いただくと、
    ライプニッツの情報物理学の隣か周辺に
    「吾輩は子猫である・総集編 友情と物語で解く複雑系の科学/コテツ・フォン・ユクスキュル著」が並べていただけています。

    太古の昔からヒトは皆、生活と死後の世界のために時間を費やして、
    物語を生き抜いてきたのではないでしょうか?
    生活時間(時代精神)を地方創生(ポストモダン)に費やして只今、
    新たな「物語」を構築中です。
    物語なる生活時間を生き抜いています。

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