2015年 6月 の記事

律動でできた世界

ゼミで配付した資料が理論物理学者のものだったので、ついでに超弦理論の簡単な紹介をした。
長らく粒子モデルで考えられてきた物質の究極要素を、あらたに「一次元のひも」と考えて、その振動によって物質的特性の差異を説明する、という現代物理学でかなり有力とみなされているアイデアなんだよ。原子みたいな粒じゃなくて、弦なんだよ、と。そしてその種別化は粒の形じゃなくて、弦の振動なんだよ、とか。超弦理論

で、その話をするといつも、紀元前4世紀ギリシアの哲学者デモクリトスの話になる。ので、ここに書いてみる。

原子が実験的に検証されたのは20世紀に入ってからだというのに、世界が「幾種類かの極微の粒子」に還元できるという発想は、すでに気の遠くなるほど長い間、一定の支持を受けてきた。そしてその元祖が、デモクリトスである、とされてますよね、普通は。でも実はむしろ、ひも理論の祖なんじゃないかという話。

デモクリトス自身のまとまったテクストは残っていない。アリストテレスが、その主著『形而上学』第一巻第四章で、デモクリトスのことを紹介しているのである。ところがよく見ると、デモクリトスの使う「アブデラ方言」をアリストテレスが翻訳するときに、奇妙なズレが起きていて(以下、〔 〕内は岩波文庫の訳):

(デモクリトス)      rusmos〔形〕+diathigē〔接触の仕方〕+tropē〔向き〕(アブデラ方言)
(アリストテレスによる翻訳)skhēma〔形態〕+taxis〔配列〕+thesis〔位置〕
(アリストテレスによる例示)AとN、ANとNA、NとZ

気になるのは、最初の語。アブデラ方言のrusmosに、対応する訳語を当てるなら、素直にrhuthmos(リズム)でよかったはず。それを、アリストテレスはあえて(?)静的・空間的な「スケーマ(形態)」という語に置き換えて紹介した。

このすり替えによって、ある種の分かりやすさが生まれ、近現代においても人気を博することになる「原子論」が誕生したのだとすれば、なんとも皮肉な歴史のいたずら、ではないだろうか。

デモクリトス自身は、形(って訳されてるけど)じゃなくてはっきりリズムだと言ってる。そうなると俄然イメージ変わるよね。もはや普通の原子論じゃないよね。世界は形違いのちっちゃなレゴブロック(形態素)で組み立てられてるんじゃない。そこにはリアルな「時間」があって、個性豊かな微小な「リズム」たちが、いろんな「向き」と「接し方」で折り重なって、そんな風にして、ぼくたちのこの宇宙は出来ている!究極要素の奏でる「リズムの差異」が、この宇宙の豊かさを作っている?!おお〜♡てなる。

最新の素粒子物理学が原子モデルを振動モデルに置き換えるべきだと謳うとき、その原子論の祖とされてきたデモクリトス本人こそ、「世界は律動でできている」と考えた、もしかしたら最初の人だったかも知れないということに想いを馳せたりして、勝手に胸キュンしたりするのである。

※筆者はまったく古代の専門家ではありません。ここでの推測はすべて根本的に誤っている可能性がありますので悪しからず(お詳しい方教えて下さい)。