アルチュール・ランボー「曙」

サイトの方からコンテンツを少しづつ移動する。
ランボーに出会わなかったら、武蔵美でフランス語とらなかっただろうし、フランス語とらなかったなら、きっと哲学の道に入ることもなかっただろうな。

アルチュール・ランボー「曙」(『イリュミナシオン』所収)

夏の曙を懐(いだ)いてしまった。
立ち並ぶ宮殿の前に、身動きするものは何もなかった。水は死んでいた。影たちのキャンプも、まだ森の道に留まっていた。僕は、歩きながら、生き生きとしてほの暖かい息吹たちをつぎつぎと目覚めさせていったんだ。するとね、小石たちが瞼を開いた。翼の群れが音もなく舞い上がった。
最初の挙動はと言えば、初々しくも蒼ざめた煌めきにあふれていた小径で、一輪の花が僕に名を告げてくれたことだった。
モミの木越しに髪を振り乱すブロンドの滝に微笑みかけた僕は、その銀ギラの峰に、女神の姿を認めたんだ。
そこで僕は、一枚一枚そのヴェールを剥(む)いていった。並木道では、腕を振り振り。原っぱを抜けるときには、雄鶏のやつに密告してね。大きな街にはいると、女神は教会の鐘やドームにまぎれて、姿をくらましてしまって。それでも僕は、大理石の河岸を乞食みたいに駆けずり回っては、彼女を追い続けた。
道を登りきったところ、月桂樹のある辺りかな、ついに僕は、集めたヴェールで彼女をふわりと取り巻いたんだ。ふと、彼女の茫漠たる身体が、かすかに匂いたった。曙と子供は、樹の足元に倒れ込んだ。
目覚めれば、正午だった。

(訳 平井靖史、2006年11月、2011年4月修正)

原文は、こちらなどで。

広告
  1. トラックバックはまだありません。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中