Bergson et ses usages (colloque internationale à Toulouse)

ユーロフィロゾフィの枠組みで開催されたトゥールーズでのコロック。
ピエール・モンテベロ、アルノー・フランソワ、藤田尚志さんの企画で、「ベルクソンとその諸用法」というテーマで行われました。発表者は、発表順に、藤田さん、スヨンさん、私(平井)、ポール=アントワヌ・ミケル、永野拓也さん、モンテベロ氏(飛び入り参加)。
スヨンさん以外は、昨年福岡で開催したコロックと同じメンバーで、前回をホームとすれば、今回はそのアウェイ戦という感じ。

colloque toulouse
タイトル通り、ベルクソンを広く他の領域へと突き出させる形の、内容的にも多様な展開になりました。

私は「出来事は変化するか?ベルクソン対マクタガート」という題目で話しました。
フランスではマクタガートはほとんど知られていないようで、同時期のともに時間論の哲学者の代表選手と呼べる哲学者であるだけに、このすれ違いはもったいないように思います。そこでマクタガートに端を発する英米の時間論によって相当な発展を見た時間論をめぐる諸概念の精錬を、ベルクソンに適用しなおすことで、ベルクソンの時間論の大枠を外的に照らし出すということを試みてみました。

結論から言うと、ベルクソンは「A変化を認めないA系列主義」という珍妙な立場になります。

過去と現在の実在を認め未来を認めない彼の立場は、外見からすると現在主義でも永久主義でもなくTooleyらによって提唱される「オープンフューチャー理論」に位置づけられそうですが、過去の存在論的身分をめぐって決定的な違いがあります。

第一に、過去自動保存説の含意を展開すると、現在と過去が同時存在する、過去は過ぎ去らない(=「もはやない」ものではない)、など特殊なテーゼがいくつか導かれます。

さらに第二に、過去と現在の同時生成説から、時間様相を本質的なものと見なしつつもA変化(未来→現在→過去)それ自体を認めないというベルクソンの特異な立場が浮かび上がってきます。というのも、未来の非実在ゆえに、出来事の未来から現在への変化は認められないし、現在過去同時生成説ゆえに、出来事の現在から過去への変化も認められません(現在は過去にならない)。結果、A変化を全体として認めない。

多くのA理論家が、A変化を必須なものと見なした上でこれを確保するために、(マクタガートの指摘する)「A変化に内在する矛盾」を解消ないし解決しようと頑張るのにたいして、ベルクソンは、A理論家であるためにA変化を認める必要がない可能性を提示している点で、たいへん独特であるのではないか。そんなこんな。

そこで、ベルクソンにおける「出来事」概念のありか、デイヴィッドソンの出来事概念との差異化、ベルクソン内に厳然と存在するB系列(不変の先後関係によって定義される出来事の系列)、そこで「日付」が果たす決定的な役割、ベルクソンにおける過去の不可侵性と反復不能性の区別と関係、などなどをからめて論じました。
ただ、まだまだ問題は山積みで、つぎつぎと疑問がわいてきます。引き続き検討を進めていきたいと思います。

ーーーーー
コロック終了後は、アルノー・フランソワの案内で、トゥールーズ市内名所を簡単に経由しながら、まずはお茶へ。

これはトゥールーズで一番古いおうちだそうです。


乾杯した後、別なバスク料理のお店に連れて行ってもらって(聖バレンタインのお祝いの翌日で、レストランが軒並み代休?をとていて、やっと見つかったのがこのお店)、みんなで小皿料理をつまみながら、がやがやと楽しい晩餐を過ごしましたとさ。
おしまい。

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